アカデミック、企業、そして留学を経験するなど様々なキャリアパスを経て、現在は株式会社ニッピ バイオマトリックス研究所所長としてコラーゲン研究の第一線で活躍している服部俊治氏。博士号の意味は?と問うと「自分がドクター出ているからわかるけど、博士号があるってことだけが重要ではないと思います」と気さくに答えてくれた。そんな服部氏の博士の哲学とはどんなものであろうか。


やりたいことをやり続けて、現在へ

 

高橋…服部さんの現在に至るまでの経緯とニッピに入社されたきっかけをお話しただけますか。

服部…静岡大学で学士を取得した後、研究ってとても楽しいな、もっと続けたいと思って東京医科歯科大学へ進学しました。親にはいい加減にしろと言われましたけどね。当時から生命の発生に興味があって、特にカエルが好きなこともあり、ホルモンによる卵成熟の研究をやっていました。その後、大学院でコラーゲンの形態形成を研究している先生との出会いがきっかけでコラーゲンにも興味を持ち始めたんです。コラーゲンも分子そのものが集まって繊維構造を作っていて、分子の働きが発生に近いイメージがあります。博士号を取得してからも、しばらく大学院で助手をやっていました。ずっとやり続けるつもりでいたけど、海外留学にも興味がありました。ニッピに就職したのは、当時研究所を立ち上げるために研究員を募集していて、特にコラーゲンを研究している人があまりいなかったこともあり、大学院時代の先生経由で僕に声がかかったのがきっかけでした。それに、入社するなら留学を経験させてくれるというので、交換条件のようなかたちで入社しました。今考えると、やりたいことをやっていたから今の場所へ収まったと言えますね。就職活動はしてないから大学院へ進学、研究助手を経てニッピへ。そのときの興味に沿って今まで来ました。

高橋…博士号を取得した人がアカデミックか企業かという選択をするとき、企業はアカデミックと異なり研究についていろいろ縛りが多いと聞きますが、アカデミックから企業へ移られた服部さんはその点についてどう思われますか。

 

服部…僕自身はずっとアカデミックにいるつもりだったけれど、やりたいことをやれるという点では企業(ニッピ)もアカデミックも変わらないかな。特

にニッピは変わっていて、当時びっくりしたのを覚えています。「これから何をやったらいいかわからないから研究しろ、自分でテーマを探して来い」と入社してすぐに言われました。留学する際もアメリカで研究するテーマを探して来たら行かせてやると言われてね。そんな中、学部卒の方や修士卒の方の多くは何をやっていいか困っていましたけど、コラーゲンの研究を続けていきたかった僕は「ラッキー」でした。自分のやりたいことがやれると思いましたね。僕は大学院には10年近くいたけど、在籍中は科研費や国への報告書などを多くやっていて査読付きの論文は3本しかなかった。だけど入社してから自筆論文の数が増えてこの20年で50本くらい出しました。そう考えると、自分の研究者としての自立はニッピに来てからでした。

博士号はスタート地点

高橋…海外に出たときや、研究プロジェクトにプレーヤーとして参加するときに博士号は必須と言われることが多いと思いますが、服部さんにとって博士号を持っている意味とは何でしたか。

服部…アメリカでは博士号を持っていると他の博士と対等に扱ってくれるけれど、だからといって博士号を持っているからできるとは思われてないと思うね。博士号を運転免許証やスタート地点みたいなものと考えれば、あった方がいいと思うけど。採用側の立場から考えると、自分が博士課程を出ているから感じるのかも知れないけど、ドクターだからって大したことないなって思っています。ニッピでは学歴関係なく、みんなで勉強して、その中で伸びる人は勝手に伸びていく。中には、ある程度研究してから大学に戻って博士号を取る方もいますよ。

高橋…学歴や博士号は持っていても、それだけでは食べていけない。でも、資格という意味では重要かなとも思います。博士を持っている人に求められるスキルは何だと思いますか。

服部…当研究所ではプロジェクト制度を採っていて、テーマごとに2人から5人のグループが共同で研究を行っています。私は、博士号を持った研究者には、その中でグループリーダーとしてやってみなさいと言います。そのときに必要になるのが、まずプレゼンテーション能力かな。難しすぎる内容でも、どれだけ面白そうに伝えることができるかが重要。本人が本当に面白いと思っていれば自然に伝わってくると思うけどね。それと部下の使い方かな。やっぱりチームをまとめていく力がないとね。あと責任を持ってプロジェクトを遂行できる責任能力。ニッピのように自由な場所だからこそ、自分でやりたいと言ったプロジェクトは、何が何でも自分で落とし前をつけられることはすごく重要。もしやらされたのだとしても、自分のものだと思ってやってもらわないとね。

10年先はわからない。だから今、なにをやりたいのか考える

高橋…これから博士を目指している人、または博士を取った人へのメッセージをお願いします。

服部…好きなことに集中して、何か1つ自分だけしかできないことが見つけられれば、それで何とかなりますよ。それには興味を持つ力、好奇心が必要。 あと本当に研究が面白いと思っていなければ、博士号には挑戦しない方がいい。私が博士号を取った時代は、今と違って定員がない大学もあるし、競争試験の時代だった。だからこそ本当にやる気がある人だけが博士課程に進学していた。その代わり、今とは違って博士を取った人はどこかで助教をしたり、海外で研究職についたりとその後も何とかなっていた。でも今は必ずしもそうではなくなってしまった。だからこそ、私はうちの研究者たちに「うちが潰れたときに何ができる?どこでも生き残れる何かを持っておきなさい」って言うんです。10年先のことは誰もわからないんだから、今何に興味があるのかを大切にして突き進んでみてはどうかなと思う。 (文:前田里美)

 

【記者のコメント】

「研究が面白いから続けた」服部さんにとって、博士号はあくまでもその過程で手に入る付加物であって、目的ではなかったことがよくわかった。その博士号の意味は、同じく大学院で研究を続けた私にとってとても共感できる考え方だ。“Where there is a will,there is a way” 何か1つのことを貫くということは、いつの時代でも最大の武器となるのではないだろうか。